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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2552号 判決

控訴人・附帯被控訴人・被告 国

指定代理人 大道友彦 外二名

被控訴人・附帯控訴人・原告 増田四郎作

訴訟代理人 山田勘太郎 外一名

主文

原判決中、控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人。以下単に「控訴人」という。)代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人。以下単に「被控訴人」という。)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴について、当審において請求を減縮し、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対して金二〇万二三七八円及びこれに対する昭和三九年一〇月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

被控訴人代理人は、請求原因として、

「一、国の公権力の行使に当る公務員である訴外島田税務署長青山勝馬は、その職務を行なうについて、故意又は過失により違法に被控訴人に損害を加えた。すなわち、

(一)  被控訴人は、訴外三栄建設株式会社(以下単に「訴外会社」という。)に対して和解調書に基づく金銭債権三五万円を有していたが、その執行保全のため、昭和三九年五月二八日静岡地方裁判所において、訴外会社が訴外静岡県に対して有する同県昭和三七年災害査定第四三二号地頭方海岸災害復旧工事請負代金二三一万五〇〇〇円の残債権六五万八〇〇〇円(以下単に「本件債権」という。)の内金三五万円の仮差押決定を得、同決定は同日第三債務者静岡県に送達された。

(二)  ところが、島田税務署長青山勝馬は、昭和三九年九月二八日、訴外会社が滞納した源泉所得並びに法人税、同延滞税合計金九万三七六〇円を徴収するため、前記のとおり一部仮差押中の本件債権の全額六五万八〇〇〇円につき国税徴収法に基づいて第三債務者静岡県に債権差押通知書を送達して差し押えた。

(三)  そして、同税務署長は、同年一〇月一二日静岡県から本件債権全額を取り立て、前記滞納国税九万三七六〇円と交付要求により配当した静岡県地方税四万一四七〇円との合計一三万五二三〇円を差し引いた残余金五二万二七七〇円を、被控訴人に後れて本件債権の仮差押をし且つ控訴人を第三債務者として右残余金還付請求権の仮差押をしていた訴外永田育三が後者の仮差押を取り下げた後、訴外会社(滞納者)に交付した。

二、しかし、島田税務署長が滞納国税に優先する債権について交付要求されている等の特段の事情がなく、本件債権のうち滞納国税と同額の金九万三七六〇円を超えるその余の金五六万四二四〇円は差押を解除すべきであつたのに、あえてこれを取り立てたのは違法である。このような徴収職員が差し押えた可分の金銭債権の全額を取り立てるか一部を取り立てるかの決定は、その自由裁量行為ではなく、覊束裁量行為である。仮に自由裁量行為であるとしても、本件債権の全額取立ては、その必要がなく、何らの公益目的に奉仕するものではなく、徒らに被控訴人の仮差押による既得権を侵害するに止まるから、裁量権の範囲を逸脱したものであり、違法である。

仮に右全額取立てが不問に付されるとしても、国税徴収後の残余金を生じたときは、被控訴人の仮差押は右取立てにより失効していないから、たとえ永田育三の前記残余金還付請求権仮差押が介在しても、島田税務署長が残余金を執行機関に供託することなく訴外会社(滞納者)に交付したのは違法である。

三、被控訴人の蒙つた損害の額は、金二〇万二三七八円である。すなわち、被控訴人は、前記税務署長の違法取立てにより、法律上保護に値する自己の仮差押による利益を事実上覆滅され、又は島田税務署長が残余金を供託せずに訴外会社(滞納者)に交付したため仮差押の利益を害され、本件債権により前記和解調書に基づく債権三五万円の満足を得ることができなくなつた結果、本件違法取立て額五六万四二四〇円から配当された地方税額四万一四七〇円を差し引いた金五二万二七七〇円を、被控訴人の債権額三五万円と前記競合仮差押債権者永田育三の債権額五五万四〇九八円とに按分した被控訴人分金二〇万二三七八円の損害を蒙つた。

右損害額の算定に当り、たとえ被控訴人がその後訴外会社に対して前記和解調書に基づき有体動産強制執行をした際に、訴外会社の給料債権者和田末春が配当要求をした事実があるにせよ、同人が本件債権の存在を知つていたか否かも明らかでないから、本件債権に対する強制執行の場合にも同人からの配当要求があるものとして計算するのは失当であり、又、被控訴人は、その後訴外会社から金一三万六八三四円の弁済を受けたけれども、これは本件違法行為との関連性がないから、これを前記損害額二〇万二三七八円から差し引くのは妥当でなく、右弁済金は、被控訴人の債権額三五万円から右金二〇万二三七八円を差し引いた金一四万七六二二円の一部の弁済に充当されたものである。

四、よつて、被控訴人は控訴人に対して金二〇万二三七八円及びこれに対する本件違法行為の翌日である昭和三九年一〇月一三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、

過失相殺の適用について、

「本件は、滞納処分と保全処分が競合する法律的にも難問に属する事案であるから、仮に被控訴人に何程かの過失があつたとしても、本件違法行為はこれを遙かに上廻るものがあるので、過失相殺を適用するのは法律的に妥当でない。」と述べた。

控訴人代理人は、答弁等として、

「一、請求原因一のうち、島田税務署長がその職務の執行について故意又は過失により違法に被控訴人に損害を加えたとの主張は争い、(一)及び(二)の各事実、(三)の事実中島田税務署長が本件債権を取り立てた日の点を除くその余の事実は、いずれも認める。

右取立ての日は、昭和三九年一〇月一九日である。被控訴人主張の地方税四万一四七〇円は、同月一三日静岡県藤枝県税事務所から交付要求があつたものである。被控訴人主張の残余金還付請求権仮差押の決定が島田税務署長に送達された日は、同月二六日であり、その取下書が同税務署長に送達され、同税務署長が訴外会社(滞納者)に被控訴人主張の残余金を交付した日は、同年一一月二日である。

二、請求原因二の主張は争う。

(1)  国税徴収法(以下単に「法」という。)第六三条、第六七条第一項は、債権に対する滞納処分は全額差押、全額取立てを原則とし、特に全額差押の必要がない場合のみ一部差押、一部取立てが法第六三条但書等により許されるが、その選択は徴収職員の自由裁量に委ねられている。

すなわち、法第四八条第一項が債権以外の財産の差押について超過差押を禁止しながら、法第六三条において債権については原則としてその全額を差し押えることを要するとし、例外的に徴収職員が全額差押の必要がないと認めるときは、その一部を差し押えることができると規定したのは、有体動産、不動産等債権以外の財産はその客観的価値が容易に把握できるのに対し、債権はその実質的な価値が第三債務者の資力、弁済意思、債務者の他債権者との関係、その他種々の要素に左右され、徴収職員が差押債権の価値を確実に把握することが殆んど不可能であるからにほかならない。したがつて、法第六三条は国税徴収の確実を期して原則として滞納税額にかかわらず債権全額を差し押えることを要するとし、徴収職員が当該債権の実質的価値を判断して、その一部差押によつて滞納税額を徴収するに十分であると認めた場合は例外的に一部差押ができるとしたものと解すべく、当該債権の一部を差し押えるか全部を差し押えるかの決定は徴収職員の自由裁量に委ねられたものであつて、仮にその判断に誤があつても不当であるに止まり、違法となるものではない。そして、法第四九条は、滞納処分の執行に支障がない限り、第三者の権利を尊重すべきことを定めた訓示規定であつて、滞納処分の執行に支障を生ぜしめる制約をする趣旨の規定ではなく、同条を根拠として、債権の全額差押、一部差押に関する徴収職員の選択権行使を制限するものとなし覊束裁量処分と解するのは当らない。

本件において、滞納者(債務者)訴外会社と第三債務者静岡県とは取引関係にあつたから、徴収職員が静岡県に対して滞納者の債権について仮差押や差押の有無等を照会すれば、滞納者やその債権者らに近く国が本件債権を差し押えることを察知され、相通じて債権を処分される等差押が不可能になる危険を生ずる虞れがあり、また本件債権は工事の請負残代金であるから、工事の内容如何によつては工事に瑕疵があつたとして減額されることもあり得るのである(現に差押時には、その査定中であつた。)。このように第三債務者に照会することは適切でなく、更に滞納者の当時の経営状態から他にも相当の債権者からの交付要求ないし配当要求が予測される事情にあつたのであつて、本件債権については滞納税額に見合う弁済の確実性があることを把握することが不可能であつたから債権全額を差し押えたのは当然で、非難されるべきところはない。

(2)  島田税務署長は、第三債務者静岡県から昭和三九年一〇月一六日付で本件債権全額の送金通知書の送付を受けたが、同税務署長が右弁済の提供についてその一部のみを受領し他を拒否することは受領遅滞に陥るもので、到底許されないものである。

(3)  徴収職員が第三債務者から滞納国税額を超過する債権を取り立てた場合でも、当該第三債務者は弁済額を限度として債務を免れるのであり、法第七九条の差押の解除に関する規定を適用することは、第三債務者の地位を不安定にすることになるから許されないのであつて、本件債権中滞納国税額を超える部分について差押を解除して、これを第三債務者に返戻することなく全額取立てをしたことを以て違法とすることはできない。

(4)  ちなみに、第三債務者静岡県は、普通地方公共団体として財務処理上一たん本件債権の支払をした後、その一部を返納金として収納することができなかつたのであり、したがつて、島田税務署長も同県から本件債権の弁済提供を受けた際、その一部を返戻することは不可能であつた。すなわち、普通地方公共団体の一会計年度における一切の収入及び支出は、すべて歳入歳出予算に編入されていなければならず(地方自治法第二一〇条)、出納長は、普通地方公共団体の長の命令によつて支出を行ない、その場合でも当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ、支出をすることができないとされ(同法第二三二条の四)、隔地払の方法による支出は、現金の交付に代え指定金融機関を支払人とする小切手を振り出し、又は公金振替書を指定金融機関に交付して、その旨を債権者に通知することによつてなされるが(同法第二三二条の五、六、同法施行令第一六五条第一項、第一六五条の四)、静岡県においては、株式会社静岡銀行を指定金融機関として同県の公金の収納及び支払事務を取り扱わせており(同令第一六八条)、同銀行は、公金の収納又は支払の事務につき同県に対して責任を課せられ(同令第一六八条の二第二項)、法定の書類又は通知等に基づかなければ公金の収納又は支払をすることができないとされ、公金の支払については必ず出納長の通知に基づくことを要するとされている(同令第一六八条の三)。そして、静岡県においては、地方自治法第一五条に基づいて昭和三九年静岡県規則第一三号静岡県財務規則が制定されているところ、隔地払による支払の場合は、担当公金取扱店の作成した小切手受領書をもつて債主の領収書に代えるものとするとしている(同規則第一三六条第一項)。したがつて、前記地方自治法、同法施行令、静岡県財務規則の各規定の趣旨によれば、静岡県における隔地の債権者に対する公金の支払は、出納長が指定金融機関に対して小切手を交付し、債権者に対して送金通知書を送付したときに支出行為が完了したことになり、会計処理上、その後これを返戻金として収納する方法はなく、これを取り消すことができるのは、県が指定金融機関に小切手等の資金を交付したが、その交付の日から一年を経過してもまだ支払を終わらない場合に限られるのである(同令第一六五条の六第三項)。

本件の場合、本件差押により、静岡県支出命令者の支出決定に基づき出納長が本件債権の債務が確定していることを確認したうえ、隔地払の支出方法によつて指定金融機関株式会社静岡銀行を受取人とし本件債権額を額面とする小切手を振り出し、同銀行に資金を交付するとともに、島田税務署長に対して送金通知書を送付して支出行為を完了したものであるところ、右送金通知書は、金券と同視さるべき性質のものであつて、同税務署長は、同県から債務の本旨に従つた弁済の提供を受けたことになり、一通の送金通知書に対してその金額の一部について差押解除をすることは不可能であつたのであり、又、同銀行としても、仮に同税務署長が差押の一部解除をし滞納国税額に見合う額の金員の受領を申し出ても、このような方法を講ずることは許されず、全額を支払わざるを得なかつたのであるから、以上の点からしても、島田税務署長のなした本件債権の全額取立てに何ら違法はないというべきである。

(5)  島田税務署長が国税徴収後の残余金を供託しないで滞納者訴外会社に交付したのは、被控訴人の訴外会社に対する債権が、法第一二九条第一項、第一三四条第一項により供託の対象とならないからであつて、同税務署長が供託をしなかつたのは何ら違法ではない。

三、請求原因三の事実中、被控訴人が訴外会社から一部弁済を受けた事実は不知、その余の事実は争う。

仮に島田税務署長のなした本件債権の超過取立てが違法であるとしても、被控訴人には、これによる損害が生じていない。すなわち、右取立て当時、訴外会社に対しては、本件債権について永田育三から売掛代金債権五五万四〇九八円による仮差押がなされており、しかも、静岡県は地方税四万一四七〇円、同県榛原郡吉田町は地方税八万七三三〇円、訴外高橋県一ほか三〇名は弁済期の到来した給料六五万八五四〇円、訴外大石建設ほか二二名は貸付金等合計七四五万八六四三円の各債権を有していたものであつて、本件取立てがなく、被控訴人が本執行に及んだとしても、右債権者らの配当要求が予想され、被控訴人が弁済を受けたと自認する金一三万六八三四円をこえて、弁済を受け得る余地は全くなかつたはずである。

四、過失相殺の適用について。

仮に控訴人に損害賠償義務があるとしても、被控訴人は徴収職員が国税徴収後の残余金五二万二七七〇円を訴外会社に対する以前に、本件債権全額取立ての事実を知悉していたものであり、右残余金返還請求権について再度仮差押をして自己の債権を保全する機会が十分あるのに、これをなさず、放置していたものであるから、本件損害の発生について被控訴人にも過失がある。」と述べた。

証拠として、控訴人代理人が新たに乙第一四、一五号証を提出し、被控訴人代理人が右乙号各証の成立を認めたほか、当事者双方の証拠関係は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、被控訴人は訴外会社に対し裁判上の和解調書に基づく金三五万円の金銭債権を有し、その執行を保全するため昭和三九年五月二八日静岡地方裁判所において本件債権六五万八〇〇〇円の内三五万円について仮差押決定を得たが、同決定は同日第三債務者静岡県に送達されたこと、島田税務署長青山勝馬は同年九月二八日訴外会社に対する昭和三九年度滞納国税合計金九万三七六〇円を徴収するため国税徴収法に基づき被控訴人が右のように一部仮差押中の本件債権全額を差し押え、同日第三債務者静岡県に債権差押通知書を送達し、同年一〇月中に本件債権全額を静岡県から取り立てたこと、訴外永田育三は右取立て前の同年九月一日被控訴人に後れて本件債権につき仮差押決定を得その執行中右のように島田税務署長が本件債権を差押えその取立てをしたので、永田育三は更に訴外会社が控訴人に対して有するに至つた後記残余金五二万二七七〇円の内五二万円の還付請求権について控訴人を第三債務者として仮差押をしたこと、その後永田育三は右仮差押を取り下げたところ、島田税務署長は右取立に係る金六五万八〇〇〇円から、前記滞納税額九万三七六〇円、交付要求により配当した静岡県税四万一四七〇円の合計金一三万五二三〇円を差し引いた残余金五二万二七七〇円を訴外会社に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第三号証の一、乙第一号証から第四号証まで、乙第五号証の一ないし三、乙第一一号証、乙第一四号証、原審証人永田育三の証言を総合すると、島田税務署長が第三債務者静岡県に送達した債権差押通知書には、昭和三九年一〇月八日までに差押債権の債務の履行をなすべき旨の記載があつたこと、同税務署長が本件債権を取り立てた日は同年一〇月一九日であること、前記静岡県税の交付要求は同月一三日同県藤枝県税事務所から島田税務署長に対してなされたものであり、その配当金を交付した日は同月二七日であること、永田育三は同月二六日前記還付金請求権の仮差押決定を得たが、同決定は同日島田税務署長に送達されたこと、右仮差押が取り下げられ、その取下書が島田税務署長に送達され、同税務署長が訴外会社に残余金を交付した日は、いずれも同年一一月二日であることが認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。

二、そこで、本件取立処分ないしこれに先行する差押処分が違法であるか否かを判断する。

国税徴収法は、国税の滞納処分における財産の差押に関する通則として、法第四八条第一項により、国税を徴収するために必要な財産以外の財産は、差し押えることができないとし、超過差押を禁止しているが、債権の差押については、右の特則として、法第六三条が滞納国税の額にかかわらず全額差押を原則とし、徴収職員が全額差押の必要がないと認めるときは一部差押をすることができると規定している。これは、債権の実質的な価値が第三債務者の支払能力、第三債務者の滞納者に対する反対債権その他抗弁権、その他種々の事情に左右されるものであつて、名目上の債権額からこれを把握することが困難であり、どれ程の債権額を差し押えれば国税徴収に支障がないかを予め知り難いという他の種類の財産とは異なる債権特有の事情から全額差押を原則とし、ただ徴収職員が差押債権の実質的な価値を把握し、一部差押によつて国税徴収に支障がなく、従つて全額差押の必要がないと認めた場合には一部差押をすることができることをも認めたものと解せられるのであつて、このような差し押えるべき債権の範囲をその一部とするか否かの決定は当該徴収職員のいわゆる自由裁量行為というべきであるから、その裁量権の範囲内の行為である限り、これを違法行為とすることはできない。

そして、徴収職員は、差し押えた債権の取立てをすることができ、その取立てに必要な滞納者(債権者)の有する権利の行使をすることができるけれども(法第六七条第一項)、徴収職員がこれにより金銭を取り立てたときは、その限度において滞納者から差押に係る国税を徴収したものとみなされるのであるから(同条第三項)、たとえ全額差押をした債権であつても、それが金銭債権であつて、その一部の取立てによつて、取立ての日までに交付要求のあつた国税、地方税または公課に配当するに足るだけの金銭を取得することができるときは、それ以上に債権の取立てをする必要はないと解せられるから、そのような場合に必要の限度を超えて債権全額を取り立てることは許されないというべきであり(旧国税徴収法第二三条ノ一第二項参照)、差押債権の全額を取り立てるか否かの決定までも当該徴収職員の自由裁量に委ねられているとは到底解することができない。

本件の場合、前記のとおり滞納国税九万三七六〇円と交付要求のあつた静岡県税四万一四七〇円との合計額が金一三万五二三〇円に過ぎないから、島田税務署長は、本件債権中右同額の金一三万五二三〇円を取り立てれば国税の徴収を確保できたのに、本件債権全額六五万八〇〇〇円を取り立てたのであるから、差引金五二万二七七〇円は、同税務署長が国税徴収法の解釈を誤つた過失により違法に超過取立てをなしたものというのほかはない。

控訴人は、本件のように第三債務者静岡県が本件債権の全額の弁済の提供をした場合、その一部のみを受領し他の受領を拒むことは受領遅滞に陥り許されないと主張するが、取立権の範囲を超える部分の受領を拒むことは固より正当であつて受領遅滞の問題を生ずる余地はなく、同主張は主張自体失当である。

又、控訴人は、第三債務者が徴収職員に対し全額の弁済提供をした場合に徴収職員がその一部の取立てしかしないで残余額について法第七九条の差押解除の規定を適用することは、弁済額の限度で債務を免れる立場にある第三債務者の地位を不安定にし許されないと主張するが、たとい、このような場合に第三債務者の地位が不安定になるようなことがあるにしても、このことから逆に違法な全額取立までも、これを適法としなければならないとする理由はなく、同主張は主張自体失当である。

更に、控訴人は、第三債務者静岡県が本件債権について債務履行をするにつき、地方自治法、同施行令、静岡県財務規則(昭和三九年静岡県規則第一三号)に従い、隔地払の方式により一通の送金通知書をもつて本件債権全額の弁済の提供をしたため、その一部を取り立て、その余について差押を解除する方法がなく、又、仮に右一部差押解除がなされたとしても同県が一旦なしたその支出を取り消すことはできなかつたから、本件債権の全額取立ては違法でない旨主張するが、たとえ本件債権の弁済提供が一通の送金通知書をもつてその全額についてなされたとしても、可分の金銭債権である本件債権についてその一部取立てが不可能と断定できる根拠はなく、又、第三債務者である静岡県が、同県の財務処理の規則上、本件のような事例を予測した規定まで制定していなかつたからといつて逆に本件債権の全額取立てを違法でないとするのは本末を顛倒した論議であつて、同主張もまた主張じたい失当というべきである。

三、次に被控訴人が島田税務署長の違法行為として主張する国税徴収後の残余金を執行機関に供託しなかつた点についてみるに、税務署長は取り立てた金銭を法第一二八条、第一二九条の規定により、法第一二九条所定の順序によつて配当すべく、残余金は滞納者に交付するものとされるのであつて、右金銭を供託すべき場合は法第一三三条第三項、国税徴収法施行令第五〇条、法第一三四条第一項の場合に限られるのであつて、被控訴人主張の場合にこれを執行機関に供託すべき根拠はなく、(なお、本件は国税通則法第九三条の適用される場合ではない。)この点島田税務署長において、前記違法取立てのほかに重ねて違法の点があつたということはできない。

四、そこで、前記二のように島田税務署長の本件債権全額取立てにより本件債権すなわち訴外会社の静岡県に対する金六五万八〇〇〇円の請負残代金債権は消滅し、したがつて被控訴人のなした仮差押の効力も消滅したというべきであるが、これにより被控訴人主張の損害が発生したか否かを判断する。

(一)  前示理由第一項記載の事実、前示乙第一号証、乙第一一号証、乙第一四号証、成立に争いのない甲第一号証、甲第四号証の一、二、乙第八号証の一、乙第一三号証の一ないし三、原審証人大石角一、同永田育三、同山内政、同内藤信吉の各証言(ただし、大石、永田、山内の各証言中、後記信用しない部分を除く。)、原審における被控訴本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、静岡県榛原郡吉田町で金物商をする者で、土木建築請負業者である訴外会社に対する建築用工具、金具類売掛代金について前記和解調書を得ていたものであるが、同和解調書に基づく債権の残元本三五万円は、すでに昭和三九年四月末日の経過とともに、その遅滞のときは期限の利益を失なう旨の特約条項により弁済期が到来していたものであつて、本執行をすることもできたのであるが、訴外会社の工事施行が遅れたので本件債権の支払も遅れていたため、被控訴人は同年五月二八日右債権三五万円の執行保全のため本件債権の一部三五万円に仮差押をしていたこと、なお被控訴人は訴外会社に対する右債権の取立てについては元家庭裁判所職員で不動産業者の事務員をする訴外内藤信吉に相談をし、右仮差押の手続も同人にして貰つていたこと、他方、永田育三は、同町でセメント等建築材料の販売商をする者であるが、被控訴人は同人とも多少の取引のある間柄であり、同人に訴外会社との取引を続けることを警告し、自己が前記仮差押をしていることまで打ち明けていたところ、永田は、訴外会社から代金支払のために交付された手形が不渡りとなるや急拠訴外会社に対する売掛代金債権五五万四〇九八円の執行保全のため同年九月一日に本件債権の仮差押をしたこと、ところが島田税務署長が同月二八日に本件債権の差押をし、被控訴人も永田も間もなく第三債務者静岡県からその旨の通知を受け、また訴外会社代表取締役大石角一からもこれを知らされたこと、同年一〇月一日現在本件債権に関しては県において工事出来高査定中であつたが、同月一六日頃ようやく静岡県支出命令権者によるその支出命令があつたこと、そして、前記の通り島田税務署長が静岡県より取り立てた金六五万八〇〇〇円から訴外会社の滞納国税額及び県税額を差引いた残余金について島田税務署から訴外会社に対して同月二七日これを交付をする旨の連絡があり、被控訴人は、これを知つた内藤からの連絡により同日島田税務署に出向いたところ、永田がもと地元商工会長で税務に明るい訴外山内政に教えられ同人の協力を得て一日前の二六日に右残余金の還付請求権のうち金五二万円について仮差押をしていたため、被控訴人は徒労に終つたこと、そこで、被控訴人は島田税務署職員に対しては、訴外会社の者、被控訴人、永田の三者立会の席上訴外会社に対する残余金の交付をするよう申し入れる一方(もとより同税務署職員は右申入れに対して承諾を与えるなど確約はしなかつた。)、永田、大石に迫つて交渉し、永田からは、前記還付金請求権仮差押は取り下げるべく、その際はこれを被控訴人に連絡することとし、訴外会社が島田税務署から残余金の交付を受けたときには、これを被控訴人と永田の二者で半々に分配し、以後右二者は共同戦線を張り他の債権者を排して各自の債権の完済を得べく協力する旨の約を得て、右仮差押取下書も作成させ、大石からは、島田税務署から残余金の交付を受けることを右二者に委任する旨の約を得て、同税務署長宛の右委任状を徴したこと、このような交渉に介在した山内は被控訴人に対し謝礼ないし手数料の趣旨で被控訴人が右残余金より取得する金員の一割五分を要求したが、被控訴人はこれを拒否したため、山内は被控訴人に対する態度を硬化したこと、被控訴人は、以上のような経過や内藤から云われるまま和解調書や自己のなした仮差押により自己の債権は確保されているものと軽信し、永田が執つたような還付金請求権仮差押或いはその他の法的手段は何ら施さず安心していたこと、ところが、永田、大石は前記被控訴人との約旨に背き、大石が永田に組し、永田は被控訴人に内密に大石と談合を進め、同年一一月二日、ひそかに前記還付金請求権仮差押を取り下げ、その取下書が島田税務署長に送達され、同税務署に出頭待機させていた大石が同税務署長から残余金五二万二七七〇円を額面とする小切手一通の交付を受けるや、その場で大石からこれを受け取り独占して取得したこと、そのため被控訴人は右残余金により自己の債権の満足を何ら得ることができなかつたこと、訴外会社は、すでに同年九月頃倒産廃業し事業再開の見込は絶無に等しいところ、被控訴人は、その後同年一二月一四日、昭和四〇年一月一五日の二回にわたり前記和解調書に基づき訴外会社に対する有体動産強制執行をしたが、右二回目の際には先取特権を有する給料債権者訴外和田末春が金三万三五三〇円の配当要求をしたため、結局、右一、二回の執行により合計金一三万六八三四円の弁済を受けたにとどまることが認められ、原審証人大石角一、同永田育三、同山内政の各証言中これに反する部分は信用せず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  島田税務署長が本件債権中滞納国税並びに配当要求に係る地方税の合計額を超過する部分について差押を解除することなく違法な超過取立てをしたため被控訴人のなした本件債権の内金三五万円についての債権仮差押はその効力を失なわしめられたということができよう。しかし右(一)の事実関係からすると、たとい島田税務署長が右のような違法な全額取立てをすることなく本件債権額の内前記訴外会社の滞納国税並びに県税の合計額を超える部分、すなわち金五二万二七七〇円に相当する部分につき一旦なした債権差押を解除したとしても、この債権についてはさきに被控訴人より債権額三五万円につき仮差押がなされていた外永田育三よりも債権額五五万四〇九八円につき仮差押がなされ両者が競合していた関係上、被控訴人としては右仮差押をした訴外会社の静岡県に対する債権に対し更に進んで強制執行をしても直ちに自己の債権の満足を得ることは困難な状況であつたので、そのような強制執行の措置に出ることなく、むしろ右(一)に認定したところと同様に訴外会社及び永田育三と話合いの上、被控訴人及び永田はそれぞれ前記の仮差押の執行を取り消し静岡県より訴外会社に対し右金五二万二七七〇円の任意支払を受けこれを被控訴人と永田育三とで折半する趣旨の協定が成立していたであろうことは容易に推測できるのであつて、結局被控訴人は、たといその主張する本件債権に対する仮差押の効力が島田税務署長の債権取立てにより消滅することなく存続していたとしてもその仮差押の利益を主張するようなことはなかつたものと認められるのである。そうすれば、被控訴人が右(一)で認定したような経緯により自己の債権の満足を得られなかつたとしても、そのことと島田税務署長の違法な超過取立てによる被控訴人主張の仮差押の効力の消滅との間には法律上相当因果関係がないものと解するのが相当である。

したがつて、被控訴人の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却すべきである。

五、よつて、被控訴人の請求を一部認容した原判決は失当であるから同部分を取り消して被控訴人の請求を棄却し、本件附帯控訴の理由がないことは上叙判断より自ら明らかであるのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 横地恒夫 裁判官 平田孝)

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